2006年07月10日

うつせみ

うつせみ

キム・ギドク待望の新作である。
前作「サマリア」を昨年度ナンバーワンに評価した私としては、まさに待望の作品だ。
というわけで期待大状態で観たのだが、観終わって正直?という感じを受けた。

決して期待外れというわけではない。北野武同様、まさにキム・ギドクにしか撮れない映画だと思うし、唯一無二のオリジナリティという意味では外してはいない。
住宅街でチラシ配りをしている主人公の青年は、留守宅に侵入してまるでそこの住人のごとく生活を送ることを楽しみにしている。
そんなある日、侵入した家で暴力的な夫に閉じ込められて暮らす女と出会い、女を連れ出して旅に出かける。
主人公は、一時間半の映画の中で台詞が一言もない。
ヒロインも最後に発する、二言の台詞以外、ずっと無言である。
そんな無言の男女のコミュニケーションや愛情を、この作品では丹念に描いている。
まあ分からなくもない。ある意味キム・ギドクらしい作品だなと思って観ていたのだが、主人公が殺人の濡れ衣を着せられ刑務所に入ったあたりから雲行きがおかしくなる。
その間、ヒロインは夫に連れ戻され、再び家に閉じ込められる生活を送ることになるのだが、釈放された主人公がヒロインを連れ戻しにやってくると思いきや、その後の展開に唖然とさせられることになる。
刑務所に収監されている間、「人の気配」を消す術を習得した主人公は、ヒロインの元に戻り、気配を消すことによって夫に分からないように邸宅に住み着くことになる。
おい、そんなのありかよ!と思っていると、そこでエンドロールが流れてしまうのであった。
「実際のところ何が現実で何が夢なのか知る由もない。私達は現実と幻想の際で生きている」エンドロールで流れるキム・ギドクの言葉が示すとおり、一種のファンタジー、寓話として捉えたほうが良さそうだが、それにしても判断が難しい作品だった。

うつせみ

うつせみ

サマリア

ソ・ジョン/魚と寝る女
posted by 若旦那 at 22:35 | 秋田 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 洋画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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